第8章
 
 
 
パソコンへの M式適用
 
 
 
 
8−1 パソコン用キーボードの条件
 
 日本語ワープロ専用機の場合にはキーボードは自由に設計可能だが、パソコン用の場合には次の制約がある。
 
@ 従来のQWERTYキーボードに設置された各機能キーは 、M式キーボードにも全部含まれること。
A しかも、各機能キーのキーボード上の位置は習慣的に定まっており、特別に必要がある場合を除き、これに従うことが望ましいこと。
B 入力操作に必要の有無に拘わらず、アルファベットキーは全部キーボード上に存在すること。
C 普及のためには、既存のキーボードとプラグコンパチブルであることが必須の条件となること。
 
 以上の中で、B、C の項は M式と矛盾する点があり、何等かの妥協が必要である。
 
 
 
8−2 PC−9800用「楽々キーボード」
 
 楽々キーボードは市販の応用ソフトを適用可能な M式キーボードとして、最初の製品である。
 
 楽々キーボードでは、8−1の B C の問題を解決する方策として、次の二つのモードを設置し、此の2者をユーザが好みにより、機械的に、又はソフト上で、切り替えて使用出来るようにしてある。
 
 その1は「標準モード」であり、その2は「自動変換モード」である。
 日本語入力に際し、前者は市販の仮名漢字変換方式の日本語変換ソフトがそのまま適用できるが、後者はキーボードに添付された M式IMEを使用することになる。 
 そのかわり、標準モードでは M式の特徴のかなりの部分を実現するが、全部は実現できない。これに対し、自動変換モードでは漢字かな識別入力方式の特徴を含めた全部の特徴が実現される。
 
 楽々キーボードハードウェアの形状は図面・写真のように、文豪時代の人間工学的 M式キーボードの特徴と、従来のキーボードとの中間的・妥協的設計である。
 これは、あまり先進的な設計ではユーザの違和感を招き、普及を妨げることを畏れたからであった。
 具体的には、全てのキーが横一列に並んでいる点は、従来のキーボードと同様だが、文字キー配列は左右対称形に「ハ」の字形に並び、左手首の負担を軽減している。
 文字キーについては、右側が子音キー、左側が母音キーと、 M式の基本通りの配置である。
 
 上図において、標準モードの場合に、例えば、親指シフトを押しながら左手中段を打鍵すると、キーボード内部のファームウェアによりコード変換されて、Aキー、Nキー、Nキーが順次送出され、本体側から見れば、A、N、Nを順次打鍵したように見える。
 
    シフト+Aん  →  A + N + N
 
    シフト+Aく  →  A + K + U
 
 省打鍵入力方式は元来漢語を対象として設置されたものだが、楽々キーボードの標準モードは仮名漢字変換方式であるから、仮名文字列に対しても、漢字に対してと同様に省打鍵方式を適用できる。
 例えば、「ありません」などの「せん」、「あくまで」の「あく」、「したい」の「たい」、
 「ございません」は「G O Z Ai M A S En」
 「そうでしょう」は「S Ou D E Sy Ou」など、使いこなせば大変便利である。
 
 一方、楽々キーボード自動変換モードでのキー配置は次の図の如くであり、標準モードと異なり、キーボード内でのコード変換は行わず、すべて後述のM−IMEで処理する。
 
 
 
 
 
自動変換モードでは、 カタカナの入力はカタカナモードで行う。
 
 機能キーについては、大部分は従来の習慣に従つて左右両端に配置してあるが、特に異なる点は、 左右の文字キー群の中間に、カーソルキーと使用頻度が比較的に多いDEL、INS、CAPS、NUMを配置したことである。
 
 記号キーについては、従来の鍵盤で右手端に偏在していたものを、記号シフトキーにより、打鍵し易い各文字キーに分散した。
 此の措置は、記号キーのあり方としては先進的・合理的な考え方だったが、市販ソフトが従来のキーボードの記号配置を前提として構成されていることにより、やや問題を残したことになる。
 
 楽々キーボードはコンパクトで場所をとらない点も特徴であり、PC−9800用キーボードとして、その存在を知る人には非常に便利に愛用されている。
 
楽々キーボード
 
 
 楽々キーボードの特徴を総括すると、 M式の特徴を備えたパソコン用キーボードであり、具体的には、
 
 @ 左右交互打鍵の実現(第2章参照 楽々打鍵・高速入力)
 A 50音順配置によりキー配置を覚えやすいこと(第3章参照) 
 B 中段の打鍵率が高いこと(第3章参照 楽々打鍵)
 C 省打鍵効果が大きく、入力速度が速いこと(第4章参照)
 D コンパクトで場所をとらない(第6章参照)
 E 「ハ」の字型キー配置で左手首に無理がかからない。(第6章参照)
 F 標準モードでは市販のかな漢字変換ソフトをそのまま使用出来る
 G 自動変換モードでは自動変換が可能であり、誤変換が少なく、
   仮名か漢字かを即座に指定出来る。(第5章参照)
 
 
 
8−3 楽々キーボード 自動変換モード用 M−IME
 
8−3−1 概要
 
 M−IMEとは、ハードウェアである楽々キーボードと、ワープロなどの各種応用ソフトの間に介在し、 漢字仮名識別入力方式(楽々キーボード自動変換モード)を実現するための M式漢字変換ソフト(IME)である。
 
8−3−2  M式文法処理の基本原理(文節即時決定・自動変換)
 
 従来の仮名漢字変換方式では、文法処理の第1番目に文節の決定が重要な作業項目であり、そのためには数文節にわたる長い文章を、格助詞などを手がかりにして吟味して、文節数最小法、最長文節法、点数評価法など、処理技術の粋を尽くし、文節決定を行って居る。
 これに対して、M式(自動変換モード)では、仮名文字は入力時点で即時確定されるので、文節も自動的に正確に即時決定され、直ちに辞書検索には入ることができる。
 この点が漢字かな識別入力方式と仮名漢字変換方式との大きい差違である。
 M式文法処理の原理は次のように単純明快である。すなわち、
「入力された母音が仮名である限り、そのまま並べ、入力された母音が仮名から漢字に変化したときに、その変化を検出して辞書の検索を開始し、入力された母音が漢字から仮名に変化したときに、その変化を検知して辞書の検索を打ち切る。」である。
 そして、変換キーは不要で、漢字に続く送りがなを入力することにより、自動的に検索結果が漢字仮名混じり文として表示され、完全な自動変換が行われる。
 
 
8−3−3 同音処理
 
 漢字仮名識別入力方式でも漢字の同音異語は発生するので、その処理が必要だ。
 代表的な識別方は漢字熟語に後続する仮名文字に注目する「後仮名」法である。例えば、「成功」と「精巧」は同音語だが、後続する仮名が「する」「しない」「させる」など、いわゆる「さ行」であれば「成功」であり、「な」、「に」であれば「精巧」である。
 また、「大小」、「代償」などの同音語の中で、熟語に先行した仮名部分が「がき」であれば「がき大将」を選択する「前仮名」法もある。
 「その他」の「その」も前仮名である。
 その他、「立ち聞き」、「立ち消え」の「ち」は「中仮名処理」となる。
 「後仮名」、「前仮名」、「中仮名」処理でも区別が付かない語に対しては、以前の使用実績による「学習機能」方式が有効である。
 
 
8−3−4 多漢字文字列と接辞処理
 
 M式では漢字母音の数が漢字の数になることが多いので、連続漢字文字列の漢字数が予め判明していることが多い。
 漢字文字数が3個の場合には、「新」、「大」などの「接頭語」か、「的」、「会」などの
「接尾語」を含むことが多いので、接頭語や接尾語を登録しておき、登録2文字熟語と組み合わせる。
 また、「第1」「第2」のような助数接頭語、「1台」、「2台」のような助数接尾語も登録しておき、数字と組み合わせる。
 漢字文字数が4文字の場合には、もしその中の3文字が登録されていれば、此に接頭語・接尾語がつくもの(例えば「研究所員」)か、あるいは「経済成長」のように2字熟語+2字熟語を検索する。
 登録された熟語でこれらに該当するものが存在しなければ、中央の2文字が登録熟語で、その前後に接頭語・接尾語がつく場合を検索する。(例えば「非協力者」)
 5個の漢字文字列では、接辞(接頭語・接尾語)が先頭に付く場合(新大陸発見)と、中央に付場合(基本的人権)と、末尾に付場合(連絡協議会)とがあり、辞書に登録された語・接辞と整合性のある組み合わせを採用する。
 
 
8−3−5  M式辞書
 
 M式辞書は原則として漢字及び漢字熟語に対するものである。
 その構造は、1個の「見出し」に対して、同音語となる複数個の「表記」と、それぞれの表記に対応する「属性」を付属させたものを単位とした構成である。
 見出しは「 Mコード」を使用している。例えば、「成功」なる表記の「見出し」は
  ”S Ei K Ou” である。
 属性として最も重要なものは、色々な「送りがな」との整合性を示す「文法コード」番号である。
 その他の属性としては品詞、接辞処理上の分類、人工知能用の分類番号、前仮名・後仮名特性を示す記号などがある。
 収容語数は逐年増加し、十数万語となっている。
 
 
 
8−3−6 学習機能
 
 学習機能には種々の方式があるが、 M式では文法コード番号を最優先し、文法コード番号が整合する表記の中で、最近に使用した表記を表示する方式を採用している。
 人工知能も学習に優先する。
 
 
8−3−7 連続入力・一括選択方式
 
  M−IMEでは文節区切り誤りが発生しないので、安心して連続入力を続けることが出来(64文字以内)、高速入力を実現できる。
 その場合にも同音異語は発生するので、同音選択が必要だが、此を逐次選択することは非効率なので、或程度連続的に文章を入力した後で、同音選択を一括実行する方が効率的である。
 それには、連続入力の後、適当な処で「選択」キーを打鍵すると、カーソルが未選択文章の先頭に自動的に移動し、最初の漢語が希望語であれば「前進」を打鍵してカーソルが次の漢語に移動し、此が希望語でなければ希望語を同音候補の中から選択し、逐次このようにして同音選択を続け、完了すれば自動的にカーソルは次の入力位置へ移動し、次の入力を待機する。
 
 
8−3−8 単字入力・後単字入力
 
 単字入力とは「東京の東」、「京都の京」と、2文字熟語によって1個の漢字を指定するヌ入力方式であり、「後単字入力」は「東京の京」、「京都の都」と、後尾の漢字を指定する方式であるが、これらの機能は M式では1983年の最初の製品以来保持していた機能である。
 
 
 
8−4 ATOK+M 
 
 「 ATOK」は一太郎で有名な(株)ジャストシステム社製の日本語入力変換システムであり、人工知能技術を含めた日本語処理技術としての高い完成度には定評がある。
 「ATOK+M」は前述の如く、NECと(株)ジャスト社との協同開発により開発された日本誤変換システムであり、ATOKとM式とを組み合わせ、両者の長所を兼有することを狙ったものである。
 「ATOK+M」はATOK12環境で動作するもので、PC−9800シリーズ用で楽々キーボードと組み合わすものと、PC98−NX用でエルゴフィットキーボードと組み合わすものと、の二通りがある。 
 「ATOK+M」は、現在発売されているものは、仮名漢字変換方式の範囲内で最大限 M式の特徴を発揮させたものである。
 すなわち、 M式の諸特徴の中で、漢字かな識別入力方式としての特徴以外の特徴を全て含んでおり、特に省打鍵機能において 従来のM式に遜色ないものを実現し、さらに省打鍵機能のあるカタカナ入力方式としては、モードの変更を必要としない点において、従来の M式に勝るものである。
 具体的には、
@ M式では、K型入声音のOk、Ak、Ik、Uk、Ek の「k」は本来「く」だが、「匹」、「式」、「識」などでは「き」となる。ATOK+M ではこれらの語も M式同様に省打鍵入力を可能とした。(第4章参照)
A M式ではT型入声音のOt、At、It、Ut、Etの「t」は本来「つ」だが、「埒」、「越前」、「越後」などでは「ち」となり、「突破」、「積極」などでは「っ」となっている。(第2章、第4章参照)
  ATOK+Mではこれらの語に対しても、 M式同様に省打鍵を可能にしている。
B M式では「X」、「V」をそれぞれ複合母音「Uu」、「Ui」として省打鍵に活用しているが、ATOK+Mではこれらの語に対しても M式同様、省打鍵を可能にしている。(第4章参照)
C M式ではカタカナモードで左手下段を長音入力用に使用しているが(8−2参照)、ATOK+M では漢字かなモードのままでカタカナ長音の省打鍵を可能にしている。  
 
 このように、 M式の長所の大部分を取り入れたATOK+Mが出現したことにより、ATOKの持つ完成度の高い日本語処理技術と M式の持つ数々の特徴とを兼ね備えた入力方式が実現した。
 特に、今回人間工学的に優れたエゴフィットキーボードが発売されたので、今後のM式の普及が大いに期待される。
 
 
 
 
 
8−5 エルゴフィットキーボード
 
8−5−1 概要
 
 パソコン用 M式キーボードとして従来PC−9800用の楽々キーボードがあるが、 今回、PC98−NX用 M式キーボードとして、エルゴフィットキーボードが発売された。
 エルゴフィットキーボードは、
@ WINDOWS 98 に対応していること、及び、
A PC98−NX に対応していること(109KBに準拠)、は勿論だが、
B 人間工学的に @A の条件を満足する範囲内で最善を尽くしたこと、
C パソコン用 M式として最初の楽々キーボードの実用経験で得られた、貴重な経験を反映させた、理想的な パソコン用M式キーボードであること。などが特徴である。
エルゴフィットキーボード
 
 
8−5−2 人間工学的特徴
 
 人間工学的には下記の特長を持っている。(第6章参照)
 T データキー群を明確に左右に分離し、「ハ」の字形に傾け、両手の自然の姿に適合させたこと。
 U 左右の親指キーを円弧状に配置し、掌の移動を最小としたこと、
 V データキー群を碁盤目状に並べ、子音キー群をテンキーとして活用し易く配置、
 W 左右のキー群の内側に、Delete、Insert、Home、End、Page Up、Page Down
   などの機能キーを配置し、操作性向上を図ったこと、
 X 日本語処理に関係ある記号キーは、既存の応用ソフトとの整合性保持の関係上、従来の慣行通りの組み合わせとし、一部の記号キーに就いては、親指シフトキーを使用して数字キーを多重的に活用した。
 Y 実在記号キーは文字キーの内側に左右分散配置し、キーボードの左右対称形を保持した。
 Z カーソルキーを中央下部に設置し、手の移動を少なくし、かつ左右対称形を保持。
 [ 左右にパームレストを設置した。
 
   これらの措置により、このキーボードは、
  「 左手手首に無理がなく、」
  「 入力操作中に手の移動が少なく」
  「 碁盤目でキー配置が覚えやすく」
  「 キーボードの横幅がコンパクトで」
  「 左右対称形」
 など、人間工学的に十分な配慮を重ねた設計であり、長時間の連続作業にも疲労が少ないことが期待される。
 
 
 
 
8−5−3  M式鍵盤としての特徴
 
 M式キーボードだから、 M式としての諸特徴は当然具備している。すなわち、
 @ 子音キー群が右手側、母音キー群が左手側と明確に分離されているので、日本文の入力に際しては「左右交互打鍵」が成立し、高速入力、楽々打鍵が実現する。
   (第2章参照)
 A 子音キー配置は完全な50音表順であり、容易にキー配置を覚えられる。
    (第3章参照)
 B 母音キー配置もほぼ50音順で、漢字入力用の各種省打鍵キーもマトリックス構成
   だから覚え易い。(第3章)
 C 日本文入力に際し、手、指の負荷分布が理想的である。(第3章参照) すなわち、
    中段に負荷が集中しており、ホームポジションでの打鍵が多い。
    小指の負荷負担が小で、人差し指の負荷が大きい。
    左右の手の負荷がほぼ均等である。
 D 各種の省打鍵キーがあり、これを打鍵すると、キーボード内部に具備されたファームウェアによりコード変換されて、複数のキーを連続打鍵したコードが、パソコン本体に送出される。
        Ou         →         O+U
        Ai         →         A+I
        Ei         →         E+I
        Aン         →         A+N+N
        Aく         →         A+K+U
        Eき         →         E+K+I
        Aつ         →         A+T+U
        Ky         →         K+Y
        Sy         →         S+Y
 この省打鍵キーの効化は絶大で、一度経験したら手放せない。(第4章参照)
 
 以上が新発売の M式キーボード 「エルゴフィットキーボード」の紹介である。
 

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