第4章
 
漢字の打鍵数節減方式
 
(省打鍵方式)
 
 
 
 
4−1 漢字文化論
 
 第1章ですでに述べたように、日本文は「漢語」と「和語」と「外来語」の三者で構成されるが、その中で「漢語」の全部と、「和語」の中の「訓読み漢字」部分とが漢字で構成される。
 日本文の中で漢字の占める比率は文章の種類によって異り、小説や随筆などは漢字含有率が比較的に少く、20〜30%のものが多いが、学術論文や新聞の見出しなど、文字数が制限された場合には50〜60%に及ぶ場合もある。従って、漢字は日本文の中で大変重要な部分を占有している。
 云うまでもなく漢字は中国から諸制度や学術、宗教、思想などとともに渡来したものだが、渡来以来1000年を経て、日本人の文化、生活に完全に溶け込み、今では漢字なくしては思想や意志を発表伝達することも困難となっている。
 そのような日本人にとって重要な漢字だが、歴史的に見ると、漢字の重要性に気付かずこれを軽視する風潮があった時期が度々存在した。 その一は明治初年であり、その二は戦前「ローマ字国字論」が叫ばれたときであり、 その三は占領軍総司令部から漢字制限を指示されて以来である。漢字制限が民主化に繋がるとの考え方から終戦後は文部省も漢字制限の方向に揺れて来たのだが、1981年に漢字を再認識して方向転換し、漢字制限を緩めることになった。
 そこで漢字の必要性とその効用を以下に述べる。
 漢字の効用の第1点はパターン認識と速読性である。
 例えば、「すもももももももものうち」と書いたら即時に読解することは困であろうが「李も桃も桃のうち」と書けば誰でもすぐ判る。
 漢字の効用の第2点は表現力と造語力である。
 漢字一文字がそれぞれ意味を持つので、二文字を組み合わすことにより、複雑高次の概念を簡潔に表現することができる。
 例えば、この「複雑高次の概念を簡潔に表現できる」を漢字を使用せずに表現しようとすると、「こみいってふかいあらましのかんがえをてみじかくあらわすことができる」となるが、これは速読性に欠けるだけでなく、的確でなく、もはや我々日本人は漢字・漢語を使用しなければ自分の考えを正確に表現できないようになっている。
 かな文字に比較して 漢字が簡潔に表現できることを示す他の例として、キーボードを打鍵するときの三通りの状態を表す中国の言葉がある。
 「聴打』・「看打』・「想打」の三者である。「聴打」は他人の発言を速記することであり、「看打」は例えば手書き文書を見ながら清書する場合であり、「想打」は文章を考えながら打鍵する場合であるが、いずれも実に簡潔適切な表現で、漢字の効能を痛感させられる。
 特に、「想打」は傑作である。
 次に造語については、明治以来欧米から輸入された学術上、制度上、思想上などの諸概念を、日本でその内容に対応した漢字を組み合わせて造語することにより、新しい概念を判り易い簡潔な語で表現できるようになった。
 「物理」、「化学」、「微分」、「積分」、「民主主義」、「議会」、「幹部」などがその例である。
 これらの日本での造語の多くはそのまま漢字圏の中国、韓国、北朝鮮、台湾などでそのまま採用されているが、このように既存の漢字の組み合わせて造語することにより、新しく導入された概念を適切に表現できることも漢字の効用の一つである。
 漢字の効用の第3点は、漢字が時代を超えて永遠に、地域を越えて漢字圏全域に、通用されることだ。もちろん、発音は地域により異り、また同一地域でも時代により変化するが、漢字そのものは普遍的に使用されている。
 もし漢字がなく、仮名だけだとすると、言い方が時代とともに変化するので、後世で記録を読んでも理解が困難になる筈である。
 漢字の特長の第4点は、漢語の発音が規則的なことである。この点を活用することにより、漢字を入力することが容易になるのだが、この点については次節で詳述する。
 その他にも、漢字は美術的な価値もあるなど、色々な効用がある。
 以上の漢字文化論に関しては、著者の盟友丸山和光氏に教えられたことが多い。
 
4−2 漢語発音は発音が短かく、1音節か2音節
 
 漢語の発音の特長は、先ず第一に漢字一文字の発音が短かく、一音節または二音節と音節数が少いことであり、三音節や四音節の漢語の漢字は存在しない。
 大和言葉の当て字としての漢字、いわゆる訓読み漢字の場合には、「寿」(KOTOBUKI)のような4音節の漢字や「兎」(USAGI)・「桜」(SAKURA)のような3音節のものも珍らしくないが、中国から導入された漢語の場合には、中国での漢字の発音が一文字一音節である関係で、日本語の漢語も短かい発音となるのである。
 
4−3 漢語発音の第2音節は「ウ、イ、ン、ツ、チ、ク、キ」の7文字 
 
 漢語発音の規則性はその第2音節が「ウ、イ、ン、ツ、チ、ク、キ」の7字に限定されていることからも明らかである。
 第2音節の発音によって漢語発音の種類を分類することができる。
 すなわち、
第2音節が「ウ」・「イ」であるものを−複合母音型−−「東」(TOU)
                       −−「西」(SAI)
                       −−「西」(SEI)
第2音節が「ン」であるものを−−−−内音型−−−−「南」(NAN)
 
第2音節が「ク」・「キ」・「ツ」・「チ」−入声音型−−−「北」(HOKU)
                      −−−「劇」(GEKI)
                      −−−「卒」(SOTU)
                      −−−「八」(HATI)
 漢語漢字の発音には上記の型以外の発音は存在しない。
 
4−4 複合母音型漢語の例
 
開催(KAISAI)、対抗(TAIKOU)、会計(KAIKEI)、
公開(KOUKAI)、航行(KOUKOU)、光景(KOUKEI)、
閉会(HEIKAI]、並行(HEIKOU)、生計(SEIKEI)、
 
のように複合母音としては「AI」,「OU」,「EI」の出現頻度が高いが、この他に
 
流通(RYUUZUU)、追随(TUIZUI)
優遇(YUUGUU)、 類推(RUISUI)
 
のような「UU」・「UI」も存在する。
この他には稀に地名で「新潟」の「II」があるが、出現頻度は極めて小さい。
 
 
 
4−5 内音型漢語の例
 
簡単(KANTAN)   関心(KANSIN)    分散(BUNSAN)
近親(KINSIN)   幹線(KANSEN)    恬淡(TENTAN)
春分(SYUNBUN)  寒村(KANSON)    謙遜(KENSON)
変遷(HENSEN)   近眼 (KINGAN)   困難(KONNAN)
温存( ONZON)   金銭 (KINSEN)   凡人(BONZIN)
 
のように、内音型漢語は数限りなく多数存在する。
 
 
 
4−6 入声音漢語の例
 
 入声音は日本語の漢語の発音としては2音節となっているが、これは2−1で述べた通り、本来中国では一音節だったのが、日本人が発音しやすいように語尾に母音を付随させたことにより二音節となったものである。
 
K型入声音の例; 矍鑠(KAKUSYAKU)  薄膜(HAKUMAKU)
         即席(SOKUSEKI)   極楽(GOKURAKU)
 
T型 入声音の例; 質実(SITUZITU)   殺伐(SATUBATU)
         発達(HATTATU)    拙劣(SETURETU)
 
 入声音は現在北京の普通語(標準語)の発音としては存在しないが、広東省や香港では使われている。例えば、香港の空港を出た所に「的士」の立て札があったが、おそらく、「TAXI」だろうと思う。
 
 
4−7 中国における声母、韻母の概念
 
 度々説明した通り、漢語の中国での発音は一文字一音節である。
 その訳を具体的に説明すると、漢語は一つの「声母」と一つの「韻母」で一音節が構成されている。
 声母は「広義の子音」だが、「子音+α」であり、日本語では「α」は「Y」である。
 韻母は「広義の母音」だが、「母音+β」であり、日本語では「β」は「U、I、N、K、T」すなわち、複合母音も、内音も、入声音も含むものである。
 そこで、この声母・韻母の概念で上記の例の漢語の発音を表わすと次の通りとなる。
 
   表記   声母   韻母       声母    韻母
   中国   Ty   Uu       G    Ok
   公開    K    Ou       K    Ai
   生計    S    Ei       K    Ei
   幹線    K    An       S    En
   困難    K    On       N    An
   矍鑠    K    Ak       Sy    Ak
   着色   Ty   Ak       Sy    Ok
   発達    H    At       T    At
   拙劣    S    Et       R    Et
   優良    Y    Uu       Ry    Ou
 
日本語の漢語を現すのに中国の声母・韻母の概念を採用するのは如何かと云う意見も有り得るが、漢字が元来中国で作られたものだから、その母国の概念を採用することにより、漢字一文字一音節と云う合理的で簡潔な表現が可能となるのである。
 
 
 
4−8 声母・韻母の概念によるキーボード打鍵数の節減(省打鍵)
 
 「やまとことば」に対して子音キーと母音キーを左手と右手に分離すると左右交互打鍵の理想的なキーボードを構成することができることはすでに述べた。
 これと同様に、声母・韻母の概念で漢語の発音を表現し、声母キーと韻母キーを左手と右手とに分離配置すると左右交互打鍵の理想的なキーボードが得られる。
 その際に、声母・韻母の概念の導入により、打鍵数の大幅節減が得られ、入力速度の高速化が実現される。次にこれを例示する。
 
複合母音の例;
 
 漢語   従来のローマ字       打鍵数     声母・韻母     打鍵数
 
 公開  K O U K A I           K Ou K Ai  
     ● ○ ○ ● ○ ○   6回      ●  ○  ●  ○   4回
 
 会計  K A I K E I           K  Ai K Ei
     ● ○ ○ ● ○ ○   6回     ●  ○  ●  ○   4回
 
 流通  R Y U U Z U U        Ry Uu Z Uu
     ● ● ○ ○ ● ○ ○ 7回     ●  ○  ●  ○  4回
 
内音型の例;
 
 簡単  K A N N T A N N       K An T An
     ● ○ ● ● ● ○ ● ● 8回    ● ○  ●  ○  4回
 
 謙遜  K E N N S O N N        K En S On
     ● ○ ● ● ● ○ ● ●  8回    ● ○  ●  ○  4回
 
 頻繁  H I N N P A N N        H In P An 
     ● ○ ● ● ● ○ ● ●  8回    ● ○  ●  ○  4回
 
 逡巡 S Y U N N Z Y U N N     Sy Un Zy Un
    ● ● ○ ● ● ● ● ○ ● ● 10回 ●  ○  ●  ○ 4回
 
入声音型の例;
 
 薄膜   H A K U M A K U       H Ak M Ak
      ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ 8回    ● ○  ● ○ 4回
 
 極楽   G O K U R A K U        G Ok R Ak
      ● ○ ● ○ ● ○ ● ○  8回    ● ○  ● ○  4回
質実  S I T S U Z I T S U     S It Z It  
    ● ○ ● ● ○ ● ○ ● ● ○ 10回 ● ○  ● ○  4回
 
発達 H A T T A T S U         H At T At
   ● ○ ● ● ○ ● ● ○     8回   ● ○  ● ○   4回
 
百発 H Y A P P A T S U       Hy Ak P At
   ● ● ○ ● ● ○  ● ● ○  9回   ●  ○  ● ○ 4回
 
弱肉強食ZYAKUNIKUKYOUSYOKU    ZAkNIkKyOuSyOk
    ●●○●○●○●○●●○○●●○●○18回 ●○ ●○ ●○ ●○ 8回
 
 以上のように、漢語を声母・韻母の概念で入力することにより、従来のローマ字方式に比較して打鍵回数を格段に減少させることが出来る。
 しかも、従来のローマ字では、左右交互打鍵が成立しない場合が多いのに対比して、声母・韻母方式では必ず左右交互打鍵となる。
  次に長い漢字文字列の例について打鍵回数の比較を行う。
 [例題] 「電子情報通信学会雑誌論文集特集号」
 
 従来のキーボードでローマ字入力
 DENNSIZYOUHOUTUUSINNGAKUKAIZASSI
 ○○●●○●○●●●●●●○●●○●●●○○●●●○●○○○○●
 RONNBUNNSYUUTOKUSYUUGOU
 ○●●●○●●●○●●●○●●●○●●●○●● 打鍵数 54 同側打鍵多し
 
 声母・韻母の概念で入力
 DEnSIZyOuHOuTUuSInGAkKAiZAtSI
 ●○ ●○ ●○ ●○ ●○ ●○ ●○ ●○ ●○ ●○
 ROnBUnSyUuTOkSyUuGOu
  ●○ ●○ ●○  ●○ ●○  ●○     打鍵数 32 完全左右交互打鍵
 
 この比較で、声母韻母の概念により、打鍵数が54回から32回と著減した上に、同側打鍵が多い従来方式に対比して完全左右交互打鍵が実現していることが明白である。ちなみに、同じ意味を英文にすると、
THE SPECIAL ISSUE OF THE TRANSACTION OF
○●○S○●○○●○●S●○○●○S●○S○●○S○○●○○○○●●●●S●○
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
○●○S●●○○●○●○○S●○S○●○○○○●●●○○●
INFORMATIONS AND COMMUNICATIONS 
●●○●○●○○●●●○S○●○S○●●●●●●○○○●●●○
ENGINEERS
○●○●●○○○○
 
とスペース(S)を含めて打鍵数108回となる。ここで同じQWERTYキーボードを使用して、日本語の54回と英文の108回と約2倍の打鍵回数の差異が出るのは漢字の表現力によるもので、興味ある実例である。
 その上、漢字の入力に最適化した声母・韻母方式を採用すれば、英文の108回に対する日本語の32回と、約3.4倍の顕著な打鍵回数差異を生ずることは注目すべきことであろう。 これは正に「日本語は漢字があるから入力速度が速い」ことを立証している。
 
 
 
4−9 「M式キーボード」と日本語入力方式 「M式」
 
 実は著者が「 M式」の開発を思いたったのは、前記の声母・韻母に対応するキーを持つキーボードを開発すれば、漢字の入力に際して打鍵回数を大幅に節減できることに気づいたからだった。(M式特許の基本原理)
 (尤も、声母・韻母と言う言葉は M式開発後、中国科学院と中文入力方式の協同研究の段階で初めて知った語であり、M式着想当時は学会発表・特許明細書等では、内容は全く同一だが、別の表現を使用していた。)
 
 その場合にキー配置を考えると、まず、左手側では韻母の種類が単母音、複合母音、内音、K型入声音、T型入声音と5種類存在するのに対して、段数は上中下の3段だけである。そこで、親指でシフトさせた場合を加えて、3段のキーを6段に使い分けることを考えた。
 6段のキー設置場所があるのに、漢字の種類としては5種類なので、1段余裕があることになる。此の1段を次章で述べる仮名文字専用キーとして割り当てることとする。
 日本文における出現頻度を考慮し、仮名文字専用キーをアンシフト中段に配置し、漢字単母音をアンシフト上段、複合母音をアンシフト下段に配置する。
 親指シフトしたときのキーは配置では、中段が内音、上段がK型入声音、下段がT型入声音とする。
 
 次に右手側の声母キーとしては日本語の子音として必要なK、S、T、N、H、M、Y、R、W、G、Z、D、B、Pの14個の他に、拗音入力用のKy、Sy、Ty、Ny、Hy、My、Ry、Py、Gy、Zy、Dy、Byの12個がある。
 そこでキー配置として、14個の子音は50順で覚えやすい第3章第2節に記述した配置とする。そして、残りの拗音入力用の12個については、親指シフトでそれぞれの対応する子音キーをシフトして入力することとする。例えば、KをシフトすればKyが、SをシフトすればSyが入力できる。
 
 
  なお、子音シフト、母音シフトの親指シフトは、左右反対側の親指で操作する方が操作しやすいので、それぞれ操作対象鍵盤の左右反対側に設置されている。
 
 これが M式キーボードのキー配置の基本形である。
 M式とはキーボードだけでなく、 M式入力用の漢字変換ソフトウエア(IME)なども含む、日本語入力方式の名称であるが、 M式用のIMEについては後に記述する。
 
 M式キーボードは下記の特長がある。
@ 鍵盤が右手用と左手用と明確に左右に分離されており、それぞれが碁盤目に配置されていること。
A 日本文の入力に際し、左右交互打鍵が成立し、楽々打鍵で入力速度が速いこと
B キー配置が50音表順で覚えやすいこと。
C 日本文の入力に際し、各指の負荷分担が合理的で疲労が少ないこと。
D 中段の使用頻度が高く、指の移動が少ないこと。
E 漢字の入力に際し、複合キー(省打鍵キー)の採用により打鍵回数が節減され、入力速度が速くなること。
 
 ここで、入声音の入力方法について蛇足を加えさせていただくと、4−3で記述したように、日本語で漢語の第2音節は「ウ、イ、ン、ツ、チ、ク、キ」の7個である。
 これに対比して、上述の表示法では韻母は「OU、AI、EI、UU、UI」、
「ON、AN、IN、UN、EN」、「OK、AK、IK、UK、EK」、「OT、AT、IT、UT、ET」であり、第2音節を構成するする要素は「U、I、N、T、K」である。
 これは結局、「ツ、チ」が「T」で、「ク、キ」が「K」で表されたことを意味する。
 この点については第2章第1節ですでに記述したが、本来中国で生まれた漢字を入力するので、1文字1音節の原則で入力することにより入力が簡易化されるのであれば、それを活用するのが合理的である。   
 以上は本来の M式(漢字かな識別入力方式)の考え方だが、既存の仮名漢字変換型ソフトをそのまま適用する場合には、省打鍵としては「ク」(E行だけは「キ」)、および「ツ」を選ぶことになる。
 
 
 
4−10 漢詩と押韻
 
 漢字を入力するのに、漢字の母国である中国で使用される声母・韻母の概念を導入すると効率的な入力が可能であることをすでに述べた。この声母・韻母という言葉は聞き慣れないと感じる方も多いと思われるが、すくなくも韻母については日本でも古来漢詩を詠む教養のある人には「韻をふむ」ということで理解されてきた概念である。
 すなわち、七言絶句では、第1行、第2行、及び第4行の末尾の漢字(これを韻脚と呼ぶ)の韻母が揃っていることが条件となっていて、これを「韻をふむ」または「押韻」と言うが、次に二三の漢詩を例示して押韻を説明しよう。
 
  菅原道真の詠んだ詩、
 
  去年の今夜、清涼に侍し、
  秋、詩篇を思い、一人断腸、
  恩賜の御衣、今ここに在り。
 俸持して毎日余香を拝す。
 
去年今夜侍清涼 ………………韻脚は「涼」…………………韻母は「Ou」
秋思詩篇独断腸 ………………韻脚は「腸」…………………韻母は「Ou」
恩賜御衣今在此 
俸持毎日拝余香 ………………韻脚は「香」…………………韻母は「Ou」
 
 次は唐の有名な詩人、王緯 の作、
 
渭水の朝雨、軽塵を潤し、
客舎青々として柳色新たなり。
君に勧む、更に尽くせ、一杯の酒。
西の方陽関を出れば、故人無からん。
 
渭水朝雨潤軽塵 …………………韻脚は「塵」…………………韻母は「In」
客舎青々柳色新 …………………韻脚は「新」………………… 韻母は「In」
勧君更尽一杯酒 
西出陽関無故人 …………………韻脚は「人」…………………韻母は「In」
 
日露戦争での乃木将軍の詩
 
山水草木、転た荒涼。
十里風腥し、新戦場。
征馬前まず、人語らず。
金州城外、斜陽に立つ。
 
山川草木、転荒涼 ………………韻脚は「涼」…………………韻母は 「Ou」
十里風腥、新戦場 ………………韻脚は「場」…………………韻母は「Ou」
征馬不前、人不語 
金州城外、立斜陽 ………………韻脚は「陽」…………………韻母は「Ou」
 
 以上に示したように、漢詩を詠む人には「韻母」の概念があったことがわかる。
 尤も、当時は韻母を上記のようにローマ字で表記する事ができなかったから、韻母は作者の頭の中に存在していたのである。
 

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