第2章
 
 
 
日本語と左右交互打鍵
 
 
 
 
 
 
 
2−1 日本語発音の特異性
 
 現在使われている日本語は、「和語」・「漢語」・「外来語」の三者で構成されている。
 「和語」は大和民族が古来語り伝えた「大和言葉」(やまとことば)であり、日本の文章で「ひらがな」で表記される部分、および「訓読漢字」で書かれる語である。ここで「訓読漢字」とは漢字(例えば[桜])を、対応した意味の「やまとことば」である「さくら」と呼んだ場合である。
 「漢語」は昔中国から導入した漢字(例えば「桜」)を音読(中国の発音に近似した日本流発音「Ou」)する場合に漢語と呼ぶが、漢語の中には昔中国から導入した語の他に、「文明」・「文化」・「物理」・「化学」・「経済」・「幹部」などと明治以降英語などに対応した日本での造語も含まれる。
 「外来語」とは、「コンピュータ」・「ニュース」のように英語などの外国語を本来の発音に近似した日本流の発音に直し、カタカナで表記した語である。
 この日本語を構成する「和語]・「漢語」・「外来語」の三者は、和語はもちろんのこと、漢語にしても、外来語にしても、本来の中国語・外国語と比較してその発音は著しく特異な点がある。
 それはそれら日本語の発音が「子音の後には必ず母音が付随する」と言うことである。
 先ず、「和語」の発音を例示すれば、
 和語の一例として、例えば次の和歌を取り挙げる。
「天の原、ふりさけ見れば、春日なる、三笠の山に、出し月かも」
「あまのはら、ふりさけみれば、かすがなる、みかさのやまに、いでしつきかも」
「AMANOHARA HURISAKEMIREBA KASUGANARU
 □■□■□■□■□ ■□■□■□■□■□■□■□ ■□■□■□■□■□
 MIKASANOYAMANI IDESITUKIKAMO」
 ■□■□■□■□■□■□■□ □■□■□■□■□■□■□
 これは、母音 A、I、U、E、O を−−−−−−−−−−−−白角 □ で表わし、 子音 K、S、T、N、H、M、Y、R、W、G、Z、D、B、Pを黒角 ■ で表わしたものである。
 これにより、和語の場合に子音の後に母音が付随した結果、子音と母音が交互に入力されていることが良く判る。
 
 次に漢語については後で詳しく述べるが、「入声音」と呼ばれる語は中国では語尾が子音(KまたはT)で終る語だが、日本語ではその子音に母音(UまたはI)を付随させて発音する。
 元来漢字の中国での本来の発音は一文字・一音節だが、これが日本に導入されるときに、上記のように語尾が子音で終る入声音に対しては、大和言葉的に語尾の子音に母音を付随させて発音した結果として、二音節で発音することになり、第二音節の相違により、日本語の入声音では一の文字に対して二つの発音を生ずることがある。
 例えば、「吉」の字の発音が本来の中国では「KIT」(●○●)であり語尾の”T”は母音が付随しない筈だが、日本人はそのままでは発音し難いので、「黄道吉日」の場合には「KITU」(●○●○)、「藤吉郎」の場合には「KITI」(●○●○)と子音”T”に母音”U”または”I”を付随させて2音節にしており、「吉」一文字で「きつ」と「きち」の二つの発音ができている。
 同様に「越」も中国では一文字.一音節「ET」(○●)だったが日本語では「越前」・「越後」には 「ETI」(○●○)を、「超越」などでは「ETU」(○●○)と、子音”T”に母音”I”または”U”を付随させて1文字2音節にしており、「えち」と「えつ」二つの発音ができた。さらに「越冬」などでは「えっ」と促音になり、「越」1文字に対して3発音がある状態である。
 
 外来語についても後で別に詳説するが、例えば、英語の”STRIKE”の発音の母音は ”I” だけで”STR”(●●●)と子音が三個連続するが、日本語では「ストライク」(SUTORAIKU)(●○●○●○○●○)、または「ストライキ」(SUTORAIKI)(●○●○●○○●○)となり、 子音 ”S”、 ”T”、 ”K”に、それぞれ母音  ”U”、”O”、”U”または ”I” を付随させて発音する。
  このように子音単独の使用を避け、必ず母音と組み合せた音だけを採用するのは日本語発音の特長であり、古来の大和言葉の伝統的発音を、漢語や英語などの外国からの導入語にも適用している点で、世界的にも(少くも文明国では)極めて稀な珍らしい言語である。
 外国語でも、ラテン系の言語は語尾に母音が付く場合が多いとされるが、それでも子音で終る語も多数存在する。
 例えば米国の西海岸の地名 ”Los(●○●) Angels(○●●○●●)” はラテン系のスペイン語だが、これを日本語にすると、「ロス アンゼルス」(ROSU ANZERUSU)(●○●○ ○●●○●○●○)となり語尾の”S”に母音 ”U”を付加していることがわかる。
 
 とくに昔は「ありませぬ」のように「ん」を使用せず「ぬ」と言い、「蝶々」「ちょうちょう」も「てふてふ」と書いたものだった。
 現在ではもちろん内音「ん」も拗音「ちょう」も使用されているが、本質的には大和言葉は50音表にある清音とその濁音とだけで構成されていると言える。
 すなわち、すでに述べたように、日本語の発音では「子音の後には必ず母音が付随している」のである。
 この日本語発音の世界における特異性が「日本人が世界で一番英語に弱い」と批評される原因となっているのかも知れない。 
 しかし、このような日本語発音の特異な特性は次節に示すように、言語の発音を入力するキーボード設計の観点から見れば大変好都合なのである。
 
 
 
2−2 日本語発音の特異性を活用した左右交互打鍵 
 
 「子音の後には必ず母音が付随する」と言う日本語発音の特性をキーボード上で活用するには、子音キーを纏めて子音キー群とし、母音キーを纏めて母音キー群とし、この二つのキー群をそれぞれ一方を右手側、他方を左手側と、左右に分離して配置することである。
 このようなキー配置では、日本語を入力するに際し、左右交互打鍵が実現する。
 例えば、前に掲げた和歌の例について、
 
「あまのはら、ふりさけみれば、かすがなる、みかさのやまに、いでしつきかも」
「AMANOHARA HURISAKEMIREBA KASUGANARU
 MIKASANOYAMANI IDESITUKIKAMO」
 
 について右手打鍵を●で表し、左手打鍵を○で表わすと、
 
 ○●○●○●○●○ ●○●○●○●○●○●○●○ ●○●○●○●○●○
 ●○●○●○●○●○●○●○ ○●○●○●○●○●○●○
 
 太鼓の高速連打に際し、左右交互打打ちが行われることはよく知られたことだが、キーボードの打鍵操作においても、左右交互打鍵は同側連続打鍵に比較して熟練者の場合に、 約2倍の入力速度に達すると言われている。
 事実、著者等による被験者20名についての実験では、個人差が大きいが、平均1.8倍と言う値が得られている。
 このように左右交互打鍵入力が高速となる理由を推察すると、連続同側打鍵の場合には、一つの打鍵操作が完了するまでは、次の打鍵の準備ができないのに対比して、左右交互打鍵では、一つの打鍵操作中に、次の打鍵準備に入ることができるからであろう。
 次の打鍵準備とは、次に打鍵すべきキーを選択しその位置へ指を移動させることである。
 同側打鍵の場合、特に「段超え打」と称する打鍵、すなわち、上段打鍵の次に下段打鍵、またはその逆で、上段打鍵の次の下段打鍵は打鍵準備に時間がかかるが、左右交互打鍵では片方の打鍵操作中に他方の打鍵準備を行うことができるので「段超え打」の影響が少いのである。
 左右交互打鍵の効用は、熟練者の入力速度が高いことだけでない。
 熟練者とは言えない習練途上の人でも、また初心者でも、左右交互打鍵はリズミカルな打鍵であること、左右の手の負荷が均等であること、打鍵選択対象の鍵数が半分であることなどで、その楽々打鍵の効用は実際体験すればすぐに実感できることである。
 
 しかるに、英文用のQWERTY鍵盤を使用する従来の入力方式では、折角の日本語の「子音の後に母音が続く」と言う特性を活用できず、左右交互打鍵を実現できない。
 例えば上記の同じ和歌をQWERTY鍵盤で入力した場合に、右手打鍵を●、左手打鍵を○で表わせば次記のようになる。
 
「AMANOHARA HURISAKEMIREBA KASUGANARU
 MIKASANOYAMANI IDESITUKIKAMO」
 ○●○●●●○○○ ●●○●○○●○●●○○●○ ●○○●○○●○○●
 ●●●○○○●●●○●○●● ●○○○●○●●●●○●● 
 
 これは、従来の英文用鍵盤では5個の母音キーがA、Eが左手側、I、O、Uが右手側と左右に分散配置されており、子音キーもBDGRSZTWが左側、HKMNYPが右側とそれぞれ左右に分散配置されているから、日本文に対して左右交互打鍵が実現できないのは当然である。
 
 以上本節に述べた事項を要約すると、
 
@ 日本語の発音は子音の後に必ず母音が続く。
A @の結果として、子音キー群と母音キー群とを 、右手側と左手側に分離して配置すると、日本語の入力操作は左右交互打鍵になる。
B 左右交互打鍵の操作は快適であり、高速入力が可能である。
C 従来のQWERTY鍵盤を使用すると、日本語を入力しても左右交互打鍵は実現しない。

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